2011年1月31日 祝!日本代表、 サッカーアジアカップ優勝! ![]() 土曜日の深夜、と言うか日曜日の未明、0−0からの延長戦を見てしまいました。(アルコールと睡魔の影響には勝てず、キックオフ前から眠ってしまったので、当方、本試合はリアルタイムでは見ていないのです。見た方々はハラハラドキドキしたと思いますが、お疲れ様でした。) 決勝点となった、あの長友の絶妙なクロスと李忠成の力強くも華麗なボレーシュートは、今大会で日本代表が見せた最高のコンビネーションでした。あんな美しいゴールは見たことない。まあ、今回の「ドーハの歓喜」によって日本サッカー界は17年前から続いてきた「ドーハの悲劇」の呪縛から漸く解き放される・・・のですね。 (一部に今回の優勝を「ドーハの奇跡」と呼ぶ向きもある様ですが、2大会ぶり4度目の優勝とのことなので、「ドーハの悲劇」と対で呼ぶには聞こえが良いとしても、「奇跡」では無い様な気がします。) ところで、話は変わって、10日ほど前のこと・・・ 1月22日(土)の午後、初台の新国立劇場に行きました。 ここの中劇場では、1月13日〜29日の期間、ソーントン・ワイルダーの舞台劇「わが町」が上演されています。 「わが町」と言うと、当方3年程前に、別のところで一回見ており、とても感動し、その時のことを2008年2月17日のブログ記事「梅は咲いたか・・・篇」に書きました。この劇は、人気が高い作品で、今年も、この新国立の後、3月には俳優座で音楽劇として上演される予定とのことです。 「わが町」のあらすじを、ある資料からお借りして、以下に記しますと、 アメリカ合衆国ニューハンプシャー州グローヴァーズ・コーナーという、小さな町。 1901年5月7日、日の出の少し前。 ジョージとエミリーは、同じ学校に通う幼なじみ。2人の頭にあるのは今日の 宿題のこと、将来の夢のこと、そして、ほんの少しだけ気になっている隣の家の 幼なじみのこと。いつもの朝、いつもの一日。 1904年7月7日、早朝。 今日はジョージとエミリーの結婚式。新たな家族を迎える2組の両親の、「結婚」に 対する思い、新たな家族となる若い2人への願いが語られ、町の多くの祝福を 存分に受けながら、2人は幸せな結婚式を終える。 1913年、夏。 丘の上の墓地でエミリーの葬式が執り行われている。それを、今はこの世のもの ではなくなった墓地の住人たちが見守っている。 「死者」の仲間入りをしたエミリーは、過去の幸せな日々を思い出しながら、自分に とって、家族にとって、人間にとって、世界にとって、いったい何が一番大切なのか、 気がついていく。 それで、今日も「わが町」を観劇に来た・・・訳ではなくてぇ・・・ 実は、こちらの方を聴きに来た・・・のです。 ↓ これは、同劇場で毎月1〜2回開催されている「マンスリー・プロジェクト」というシリーズの催しものの一つで、(それは、その度に、講演会だったり、ワークショップだったり、トークセッションだったりするのですが、)今回は、水谷八也先生(早稲田大学文化構想学部教授)が「わが町」を採り上げて、原作者ワイルダーがこの劇に込めた思いを分析して下さいます。因みに、水谷先生は、今回上演の「わが町」の翻訳をされています。 これと似た様なシリーズでは、以前シェイクスピアの「ヘンリー六世」上演の機会に、「シェイクスピア大学校」というものがあり、その最初の回、小田島雄志先生の講演があり、とても面白かったので、その概要を2009年11月9日のブログ記事「欧州ウィーク篇」に書いたこともありました。 さて、「わが町」です。 最初、芸術監督の宮田慶子さんから、ご挨拶とご紹介があり、水谷先生へバトンタッチ。 水谷先生の資料。(12ページあるものの最初のページ。クリックして大きくした上で、見て下さい。) 冒頭、「わが町」がヘンリーミラー劇場で初演された時の舞台写真が載っている ― 椅子以外セットも何も無い舞台。奥の壁の模様みたいなものは、劇場の暖房機(スチーム?)だそうです。そこまでむき出しにした「わが町」の舞台。(因みに、先ほどご紹介した「わが町」のあらすじは、この水谷先生の資料から拝借したものです。) 水谷先生によると、大学ではこの内容を十数時間に亙って講義するけれど、今日は2時間でやると。かなり密度の濃いお話になりそう。 で、実際、とても面白い講義でした。内容は、ここでとても数行で書けるものではありませんし、また生半可な説明をしたら、先生に失礼に当たりますのでやりませんが、先生の資料に書かれていたキーワードで強く印象に残ったものを下記します。 「わが町」の感動はどこにあるのか 「わが町」 : ノスタルジックな芝居ではない 方法論として、明確に〈近代〉を拒否する方向 認識論として、明確に人間中心の認識を拒否する方向 ★ 「近代」という次元に抗う作家として位置づけるべき そして、その方向が "The Bridge of San Luis Rey" などの作品にも色濃く出ているとのご説明。ああ、そうか。当方、学生の時読んだなぁ。南米のペルーだったかの橋が落ちて、丁度その時渡っていた5人が何故死んだのか、何故天に召されるのがその時だったのか、を調べる話だったなぁ、と思わずノスタルジーに耽ってしまった。 更に、ワイルダーが初期に作った「三分間劇」を2作品、実際にその場で上演し(若い劇団員の皆さんによる朗読 ― これが、声が良く通って、素晴らしかった)、その方向性が若い時から一貫してのものだったことをご説明された。 いや〜、久しぶりに、学生時代に戻って大学の講義を聴いたみたいな、興奮と知的刺激を与えられました。先生、スタッフの皆さん、ありがとうございました。 ちょっと、このところ花の写真がなかったので、新国立劇場の入り口に活けてあった花。 孔雀の羽根や、極楽鳥などゴージャスにアレンジされている。 Nick@次回参加のマンスリープロジェクトは「ゴドーを待ちながら」徹底解剖だ! |
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