神楽坂の花 篇

2008年3月31日  

22日(土)に開花宣言された東京のソメイヨシノは、ウィークデーに暖かい日が続いたことに促されて先週末までに多くのところで満開になりました。それがそのまま行けば、昨日日曜日(30日)が花見に最適の日になる筈だったのですが、残念ながら当日気温があまり上がらず(予報では最高が11℃)、おまけに午後は雨になってしまい、花を散らしました。世の中なかなか思うようには行かないものですね。

唐突ですが、その30日(日)に神楽坂で歴史探訪をしました。
新宿区の新宿歴史博物館が開催しているイベントの一環で、「神楽坂界隈の史跡をめぐる」という徒歩ツアーがあって、カミさんの親戚のYさんがそれに応募して目出度く当選したので、Yさんの同伴者としてわれら夫婦も参加した次第です。
神楽坂は昔から粋筋で知られた町ですが、最近は、小粋なフレンチレストランが沢山あって、その方面からの知名度も高まっているそうです。しかし、今回の探訪はあくまで歴史がメイン。探訪のルートは概略以下の通りです。
  新宿区立津久戸小学校(9:00集合)~筑土八幡神社~善国寺~
  光照寺~牛込箪笥地域センター~円福寺~赤城神社

全部で100名が参加していますが、同時に100人がゾロゾロ移動するわけにいかないので、半分は津久戸小学校から、残り半分は赤城神社から出発するようにし、更にそれぞれを二班に分けて出発時間を5分ずらしています。従って、我ら第2班約25人は、引率の新宿歴史博物館史跡ガイドボランティアの方々から注意事項等を伺った後、9:20頃津久戸小学校を(意気揚々と)出発しました。天気は曇り。少し肌寒いが、歩いていると我慢できる程度。

それぞれの史跡についての細かい説明は、ご興味のない方もいると思いますし、当方も覚えていないことが多いので割愛し、当方の印象に残った逸話的なお話や、そこに咲いていた花についてのみ書きます。

筑土八幡神社:
 このあたりで最も古い、石で出来た鳥居がある。
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 その鳥居の脇に咲いていたあせび。きれいなピンク色。

善国寺:
 このお寺にある毘沙門天(多聞天)像が有名だとか。
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 普通狛犬さんがいるところに狛虎さんが鎮座している。
 (虎は毘沙門天の化身だとか。)
 神楽坂は、この善国寺の門前町として栄えたのが発祥。

光照寺:
 このお寺の境内に、神田の旅籠屋の主人が、旅行中に病死した人たち
 の菩提を弔うために建てた「諸国旅人供養碑」がある(奇特なお方だ)。
 
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 このお寺を出た向かいに江戸幕府の天文台があったが、この寺の大樹が
 育ちすぎて天文観測の妨げになったため、(大樹を切らずに)天文台の
 方を蔵前に移したそうな。昔、大樹は切ると祟りがあったので、なかなか
 切ることが出来なかったらしい。
 
太田蜀山人の旧居跡:
 牛込箪笥地域センターに向かう途中、この旧居跡(表示等なし)で
 史跡ガイドボランティアの方の説明を聞く
 
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 太田蜀山人は狂歌の第一人者である一方、幕府の人材登用試験の第一回に遠山左衛門
 尉景晋(遠山の金さんのお父さん)と二人受かった秀才でもあった、とのこと。

円福寺
 
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 境内に咲いていた椿

尾崎紅葉の旧居跡:
 
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 ここでの解説によると ― 尾崎紅葉の弟子であった泉鏡花の「婦系図」
 に、湯島天神の境内で早瀬主税がお蔦に別れてくれ、と言う場面があり
 ますが、泉鏡花が桃太郎という芸妓と良い仲になったのが紅葉に言われ
 たため泣く泣く別れたという事実がもとになっている、とのこと。その別れ
 の場面は本当は赤城神社だったのが、小説では湯島天神に場面設定が
 変わった、のだそうだ。へぇ~。

赤城神社
 
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 ここがゴール。約三時間の徒歩による探訪、お疲れ様でした。

さて、折角ここまで来たのだから、靖国神社に行ってみよう。別に詣でたい訳ではなくて、靖国には、桜(ソメイヨシノ)の東京での開花判定に使われる桜木がある、ということなので、それを是非見てみたい。

神楽坂を下って、飯田橋の駅の脇からJRの線路に沿って九段方面に移動する。お堀に沿って植えられている桜がきれいだ。これで天気が良ければ、申し分ないのだが、雲が重い。
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それでも、「今日は花見をするのだ!」の人たちが宴会を開いている。
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靖国神社に着くと、やけに人が多い。まあ、こういう神社なので全国から参詣に訪れる人たちがいる訳ですが、それ以外にも、神社の中の桜を見に来た人たち、ブラスバンドのパレードをやっている人たち、能楽堂で詩吟・剣舞をやっている人たち、はとバスで観光の一環としてやってくる人たち、そしてそして、「千代田のさくらまつり」なんてものをやっているので、それに参加する人たち、その人たちを目当ての屋台・露店の人たち、などなどでもうごった返している。

そういう中に・・・ありました。能楽堂のすぐ脇に、低い柵で囲った老木。
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これが東京の開花判定に使われている「標準」ソメイヨシノ。
(毎年その時期になると、気象庁の職員が毎日見に来るのかな。 ―― その通りでした。
2009年3月の開花宣言の時に、TVで気象庁の職員の方が携帯電話で本庁に報告している様子を映していました。)

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ここでも門を出たところの桜の下、宴会パワー全開の人たち。

特設ステージでは「千代田のさくらまつり」のコンサート
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それを憮然と見下ろす大村益次郎像
※因みに、最近古地図に凝っているムックさんに依れば、明治16年に
 測量された地図で見ると、この辺りは「競馬場」となっていると。まあ、
 今の競馬場のように、勝馬投票をするための競馬場ではなくて、馬の
 調教のための馬場、という意味かと思われますが。

(Nick@花冷え)


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